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情報の多さが判断基準を曇らせていた
以前の私は、スキンケアを選ぶときに「良いと聞いたから」という理由を最優先にしていました。口コミ評価が高い、SNSで話題になっている、有名な人が勧めている。そうした情報を集めるほど、自分の肌がどう感じているのかよりも、周囲の評価が正しいはずだと思い込むようになっていたのです。選択肢が増えるたびに、今使っているものへの納得感は薄れ、常に別の何かが気になっていました。
しかし、その状態は「肌と向き合っている」ようで、実は距離を置いているのと同じでした。自分の感覚よりも外の声を信じている限り、肌の変化に注意を向けることはできません。なんとなく違和感があっても、「評判がいいから大丈夫」と自分を納得させてしまい、違和感を無視する癖がついていました。
自分の基準を持たないまま選び続けていた
「良いと聞いたから」という基準には、自分の視点がほとんど含まれていません。価格や成分名、ランキングの順位など、比較しやすい情報ばかりを並べて、どれが正解かを探していました。その一方で、使ったときの感触や香り、使い続けたいと思えるかどうかといった感覚的な部分は、後回しになっていたと思います。
その結果、少し合わないと感じても「私の使い方が悪いのかもしれない」と考え、無理に使い続けることもありました。肌の状態を観察するよりも、情報に合わせようとしていたのです。これは、肌を大切にしているようでいて、実は自分の感覚を軽視していた行動でした。
選び方を変えることで内側からのサインに敏感になった
この流れを断ち切るために、「良いと聞いたから」という理由だけで選ぶのをやめました。代わりに、今の肌の状態や生活リズムを考えながら、「自分がどう感じるか」を基準に置くようにしました。すぐに答えが出るものではありませんが、使うたびに肌の様子を観察する時間が増え、自然と向き合う姿勢が変わっていきました。
情報を完全に遮断したわけではありません。ただ、それを絶対的な正解とせず、一つの参考として受け取るようになったのです。その変化だけでも、スキンケアは「探し続けるもの」から「対話するもの」へと感覚が変わりました。自分の肌に意識を戻すためには、まず他人の評価から距離を置くことが必要だったのだと思います。
不調=失敗だと思い込んでいた
肌の調子が崩れたとき、以前の私はそれを「早くなかったことにしたいもの」と捉えていました。赤みや荒れを見つけると、原因を考えるより先に、どう隠すか、どう整えて見せるかを考えていたのです。ファンデーションを厚くしたり、刺激になりそうだと分かっていても一時的に見た目が落ち着きそうなケアに頼ったりと、目の前の不安を消すことが最優先でした。
その背景には、肌の不調=自分の管理不足、という思い込みがあったように思います。調子が悪い状態をそのまま受け入れることができず、早く「普通」に戻さなければならないと焦っていました。けれど、その焦りが、肌の状態を落ち着いて見る余裕を奪っていたのです。
隠す行動がサインを見えにくくしていた
肌は小さな変化を通して、生活やケアの影響を伝えてくれているのだと思います。それにもかかわらず、すぐに隠そうとすると、そのサインに気づく機会を自分で減らしてしまいます。どのタイミングで違和感が出たのか、何が重なっていたのかを振り返る前に、見た目だけを整えて終わらせてしまっていました。
また、隠すことに意識が向くと、肌に触れる回数や工程が増えがちになります。その行動自体が負担になる可能性があるにもかかわらず、「隠すためだから仕方ない」と考えてしまう。そうして、悪循環に入っていることにも、当時はあまり自覚がありませんでした。
そのままの状態を見る時間を持つようになった
この癖をやめようと思ったきっかけは、不調が出たときほど落ち着いて観察する必要があると感じたからです。すぐに手を加えるのではなく、鏡の前で状態を確認し、触れたときの感覚や前日との違いを意識するようにしました。最初は不安もありましたが、何もせずに様子を見る時間を作ることで、気づけることが増えていきました。
隠さないという選択は、何もしないという意味ではありません。必要以上に手を加えず、今の状態を理解しようとする姿勢に近いものです。そうすることで、肌の変化を感情的に捉えることが減り、「今はこういう状態なんだ」と一歩引いて見られるようになりました。肌の不調を敵視せず、対話のきっかけとして受け止められるようになったことは、自分の中では大きな変化だったと感じています。
変え続けることが安心につながっていた
肌の調子が安定しないと感じると、以前はすぐに別のケアを探していました。今のやり方が合っていないのではないか、もっと良いものがあるのではないかと考え、短い期間で次々と試していたのです。その行動自体が前向きな工夫のように思えて、何もせずに待つよりも、変え続けている方が安心できました。
けれど、頻繁にケアを変えていると、何が原因で状態が変わったのか分からなくなります。肌の様子が良くても悪くても、それがどの行動と結びついているのか判断できず、結局また別の選択肢を探すことになります。その繰り返しが、落ち着かなさを生んでいたように思います。
様子見のつもりがリセットになっていた
「少し様子を見てから判断しよう」と思っていても、その前に条件を変えてしまえば、様子を見る意味は薄れてしまいます。アイテムを替える、使い方を変える、頻度を変える。そうした小さな変更を重ねることで、毎回スタート地点に戻っているような状態になっていました。
また、短期間で結果を求めすぎていたことにも気づきました。数日単位で変化を判断しようとすると、日々の揺らぎに一喜一憂してしまいます。その感情の波が、さらに判断を急がせ、また変更を加える原因になっていました。
「変えない選択」をあえて取るようになった
この流れを見直すために、一定期間は同じケアを続けると決めました。大きな不安がない限り、すぐに手を加えず、生活習慣や環境の変化も含めて全体を見るようにしたのです。変えないことは、何もしていないようでいて、実はかなり意識が必要でした。
続ける中で、日による違いよりも、全体の傾向に目が向くようになりました。今日はどうか、ではなく、ここ最近はどうかと考えるようになり、判断の軸が少しずつ落ち着いてきたのです。頻繁にケアを変えないことで、肌の状態を冷静に受け止める余裕が生まれました。自分の肌と向き合うためには、試すこと以上に、待つことも大切なのだと実感しています。
比べることで自分の肌が見えなくなっていた
他人の肌を見て落ち込むことは、日常の中で思っている以上に起こります。写真や動画で見かける整った肌、身近な人の調子の良さ。それらと自分を比べるたびに、「なぜ私はこうなんだろう」と考えてしまっていました。けれど、その比較は、同じ条件で並べられるものではありません。生活リズムも年齢も環境も違う中で、表面だけを見て判断していたのです。
比べる癖がつくと、肌の状態そのものよりも、劣っているかどうかが気になってしまいます。少し調子が良い日でも、誰かのもっと整った肌を見れば満足できず、逆に不調の日は必要以上に気持ちが沈みます。その感情の揺れが、肌との距離をさらに広げていたように思います。
理想像に合わせようとして焦ってしまう
他人の肌を基準にすると、「こうあるべき」というイメージが先に立ちます。その理想に近づこうとして、自分の状態には合わない習慣を取り入れたり、違和感を我慢したりすることもありました。理想に追いつけないと、努力が足りないのではないかと自分を責めることもあり、気づかないうちに負担を重ねていました。
しかし、肌は競うものではありません。誰かと同じ状態になる必要もなければ、同じ経過をたどる必要もありません。その当たり前のことを、頭では分かっていても、比較をやめられずにいました。
昨日の自分と比べる視点に切り替えた
他人との比較をやめるために意識したのは、見る対象を変えることでした。誰かの肌ではなく、昨日や先週の自分と比べるようにしたのです。大きな変化がなくても、乾燥しにくかった日、触れたときの違和感が少なかった日など、小さな違いに目を向けるようになりました。
そうすると、肌の状態を感情で評価することが減っていきました。良い悪いではなく、変化があるかどうかを見るだけで、気持ちはずいぶん楽になります。他人と比べることをやめたことで、自分の肌をそのまま受け止める余裕が生まれました。完璧を目指すのではなく、今の状態と向き合い続ける。その姿勢こそが、肌との関係を穏やかにしてくれるのだと感じています。

